文化としてのコンテンツをいろんな切り口で【ゲーム編】

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私を含め1970年付近に誕生した人たち、この前後3~4年の世代は娯楽や趣味の急激な進化とともに成長した人たちだろう。

幼少の頃は、隣のガキ大将がいた。そのガキ大将が豪腕を振るうとそれを止める同世代の子どもがいた。

遊ぶときは入り交ざっていろいろと家の前や、空き地で遊んだものだ。

かくれんぼやおにごっこ、缶けりやケイドロ。絶対に勝てないのに、近所の年上たちとチーム対抗リレーなんかもやらされた。

家の中で遊ぶといえば、トランプやオセロ、プラモデルなどだ。すべての家の子が持っていたわけではない。

持っている子は、たちまちみんなの人気者になっていた。

テレビといえば、流れ行く放送番組を見るだけで、仕組みも含めて不思議な存在だった。

小学校に入ると友人の家に「PONG(ポン)」というテニスゲームがあった。自分が操作するパドルによってテレビの画面の中で、自在に絵が動くなどカルチャーショックに近かった。
Pong

ブラウン管テレビの背面にアンテナ線をつないで、テレビを「2チャンネル」に合わせチューニングすると非常に質素な画面が映しだされた。

以降、かなり後の時代まで2チャンネルに接続してゲームをするようになる。

ファミリーコンピューターも2チャンネルだった。

掲示板の「2ちゃんねる」はここから来ていて、つなぐといろいろ楽しいという意味らしい。

ゲームがシンプルだと、子どもの脳内ではいろいろな化学反応が起こる。頭のなかでは、まさしく映画「トロン」のように、世界がもう一つあるように想像する。

ルールもシンプルなのでその他の縛りを作ってあそんだ。

「先に3回勝つと、このアメをたべていい」とか、「5回負けたら隣のガキ大将のヒロチャンの尻をけとばす」とか・・・。現代でそれを実行するといろいろ問題はある。

住みにくい時代になった。

小2になったころ、銭湯にいくと「スペースインベーダー」が登場していた。小3にもなると、「ギャラクシアン」というゲームをナムコ社が公開していた。

小5ぐらいなると突然、任天堂が「ゲームウォッチ」を発売してきた。我々の世代は、この頃既に、スマホのように持ち歩きながら画面を見て楽しむ訓練をしたのだろう(笑)

家庭用と業務用のゲームは大きく隔たっていた。

その後ファミリーコンピューターが中2だったかぐらいに登場したが、あまり面白いソフトはなかった。ノスタルジーにひたれば、本体と同時ぐらいに発売された、麻雀やテニスなども、今となってはかなり出famicon来のいいソフトが多かったように想う。

任天堂のゲームが勢いをなくした時ナムコ社が「ファミコン」に参入してきた。そして皆が知っているエニックス社の「ドラクエ」が登場してくる。

その影では高級なパソコンが普及し始めて、そのパソコンやOSで大金持ちになった人の話が耳伝えに聞こえてくるようになった。

今のようにインターネットはないので、情報はほぼ雑誌。「マイコンBASICマガジン」と「少年ジャンプ」が愛読書だった。

「プログラムを組めば自分でゲームが作れる」「ゲームを作りたい」とよく考えたものだ。

映画ファンだった僕は、ゲームにもっと映画性をとりこめないか、友人と話していたこともあった。

あのころ、パソコンも、ゲームも、友達との交流も、ゲームセンターも部活も(どうでもいいが、中学のときバドミントン部だった)すべてが成長していく文化の一部だった。

その文化の発達進化についてこれない人たちは、ついていきながら独自の価値観だけを見つめる人を捕まえて「オタク」と呼び始めた。

人とも普通にコミニュケーションがとれて、趣味や遊興の一つとして楽しんでいる人間も「オタク」と呼ばれて分類されていった。

ついていけない人が、ついていっている人を捕まえて「オタク」と呼び、半ば侮蔑するかのように扱われていった。

とっても可哀想だった。自分はまあ、割りと人ともコミニュケーションをとり、部活で汗もよく流していたので、言われていなかったが、こころない友人は「あいつってオタクだよなあ」と名指しで馬鹿にしているのをよく聞いたものだ。

言ってくる友達には「おまえが頭悪いだけちゃうんか?」とよく言っていた。心中では、自分も彼の言う「オタク」的なものが大好きだったから、悔しかったのだと思う。

ただその時にもすでに、自分はなんとなく肌感として、デジタルやコンテンツ、情報ネットワークが当たり前になる日が来ることをわかっていたようだ。

いつの時代も「本の虫」や「麻雀キ○ガイ」「骨董品の虫」など存在していたらしい。そこまで極端に財産を投げ打って傾倒することがない人や、人との交流をやめてしまわない人でも「オタク」と呼んだところに、今の経済の衰退があると、個人的におもっている。

知識レベルで行けば国民すべてが何かに注力して、スキルを磨いたとしたら、本当の意味でコンテンツ大国となったであろう。まあ空想に過ぎない。

最近は少し様PHM11_0905相が変化している。「デジタル・ネイティブ」の時代になってきている。

生まれた時から生活の中に、当たりまえに存在するデジタルの道具たち。彼ら、彼女にとってみたら、珍しくもなんともないわけだ。

大きな画面の液晶テレビに、プレイステーションやwiiがつながっている。

みなスマートホンで画面を撫でながら、電話をかけたり、メールをしたり。わからないことがあれば検索エンジンで検索したらいい。

サービスの申し込みや、店の予約。買い物に至るまで画面の中だ。タブレットで部屋をうろうろしながら映画を見ている。

家でパソコンの電源を入れる人はどんどん減ってきている。

そんな時代に生まれた子が大きくなって結婚式で見せられる自分のムービーは、おそらく光系のメディアに焼いてあるだろうし、招待客を喜ばせるために上映される、新郎新婦が何かを体験した記録もおそらくGoProのようなカメラで撮り続けた体験ビデオだろう。

デジタルの世界に浸り、汚れひとつないものを好み、自由な時間と空間でコンテンツを楽しむ。

そこにもはやオタクという概念はなく、ただついてこれない年寄りや、年寄りみたいだとおちょくられる若者がいるだけだ。

なんというスピードだろう。今までは、文明開化なのか、革命的な出来事は一生のうちに何度も起こりはしなかった。

だから新たに生まれたものに興味を示す人を特異点とみていれば良かった。つまり勉強、修得する必要がなかった。

しかし、今のスピード感では、

計画→発表→制作→公開→利用→一般化→そしてそれをさらに踏まえた計画

というサイクルがものすごいスピードで起きる。

ひとたび、理解不能に陥ると追いつけなくなっていくのだ。

サービスですら利用方法や目的がわからずついていけないものが増えてきている。

それについてのモラルや注意など、まるで外野の野次のような扱いだ。

自分なぞは、そのデジタルがまったく特異ではない世界に生まれた人の気持はもはや理解ができなくなっているといえる。

大多数の人類はその世界になることで産業や経済が豊かになり、人生を楽しむことができると信じている。

様々な日常生活の楽しいコト、ちょっとした工夫をデジタルの世界に組み込みつづけてきた。

リアルで培ってきたものをデジタル上に表現しようと努力を続けているのだ。

書類をフォルダに挟んで分類し、キャビネットに片付けるやりかたと、今のデジタル上のファイル整理は何も変わってはいない。

授業中にもらった花丸シールや、ラジオ体操に皆勤賞だと文房具ももらえた。今の評価制度や、トロフィーのようなものだろうか?

そこに現れるゲーミフィケーションという存在。ゲームの要素をリアルに反映させ、教育や、目標に利用していこうという試み。

次回のいつ頃また、ゲームについて語る回が来るかは未定だが、少しゲームフィケーションについても掲載してみたいと思う。

ゲームのみならず、コンテンツを利用した文化の中で、より楽しく生きていくことが、グーゾーの本来の目的なのかもしれない。

フィグやジオラマに限らず、芸術作品から、マンガ、ゲームなど娯楽に潜む中毒性が生産的になる時代に、はかなくも期待している。

ついていけなくなる日がこないことを願うばかりだ。

みずんた

 

 

 

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